文:堀場 亙
ウォーゲームにおける特徴的なルールの1つとして、「Zone of Control」いわゆる「ZOC」があります。
ZOCは1960年代における最初期のウォーゲームからすでに存在していて、以後、さまざまな効果が追加されたり、新たな用途が発明されたりしながら今日に至っています。
一方で、ウォーゲームにおけるZOCの存在は、ゲームにテクニカルな問題を持ち込んだ大きな要因の1つでもあります。いわゆるプレイ中の「駒さばき」というのも、ZOCの効果に起因するところが大きいと考えられます。
このようにZOCは近代ウォーゲームの誕生と軌を一にし、その発展とともに進化を遂げてきた、ウォーゲームならではのメカニクスといえます。
ということで、今回はこのZOCについて考察していきます。
ZOCとはなにか
さてそれでは、ZOCとはなんでしょうか。
一言でいえば「ユニットの影響の及ぶ範囲」あるいは「ユニットが影響を及ぼす範囲」ということになります(図1参照)。
具体的にいえば、ヘクスグリッドのマップであれば、ユニットの周囲6ヘクスがそのユニットのZOC、つまり影響範囲ということです。
このことは、現実の戦場における部隊の守備範囲や火制がおよぶ地域を表したものと考えられます。
第一次世界大戦以降、とくに顕著になった戦闘の変化の一つに「戦線の長大化」があります。これを再現する場合、単純に考えれば戦線を構成するヘクス列全てを埋めるだけのユニットがあればよいということになります。
しかし実際にはコンポーネントの制約、およびプレイアビリティから考えて、これはあまり現実的ではありません。もちろん、作品規模自体が小さければさほど問題にはなりませんが、フルサイズかそれ以上のサイズのマップだと難しいでしょう。
この場合でもZOCのルールがあることで、必要なユニット数を半分以下に抑えられ、かつ戦線の崩壊が簡単に起こらないようにすることができます。そしてこのZOCの効果によって、さまざまな新しいメカニクスが発明されました。
たとえば前回述べた戦闘後前進、あるいは二次移動や予備ユニットとそれに付随するルール、退却による混乱(ZOCの喪失)など、あげだしたらキリがありません。
一方、古代戦や中世などの会戦級においてもZOCが採用されている作品は少なくありません。この場合、ZOCとはそのユニットの「攻撃が及ぶ範囲」と考えられます。
ZOCの種類と効果
ZOCにはいくつかの種類があり、その効果によって俗称が付けられています。ただ、日本国内で見てもその用法にはやや混乱があるようにも見受けられるので、ここでは試みにまとめてみたいと思います。
英語表記では大別すると2種、細分化すると4種あると考えられます。
「Rigid ZOC」はもっとも強制力の強いZOCで、敵ZOCに侵入すると即時停止となります。
これに対して移動停止は強制されないものの、ZOCから別のZOCへの直接移動、いわゆるZOC to ZOCが禁止されたものを「Semi-Rigid ZOC」といいます。
また、敵ZOCへの進入または離脱、あるいはその両方において、追加の移動コストを要求されるものを「Fluid/Elastic ZOC」といいます。
さらに、ZOCからの離脱を禁止することを「Locking ZOC」といいます。
以上は英語版のウィキペディアからの引用ですが、やや違和感を感じるところもあります。
一般的にいえば「Rigid ZOC」は敵ZOCからの任意離脱が禁止されていることがほとんどかと思います。
また、これらの規定は移動以外のことには触れていません。
たしかにZOCはみずからの影響範囲に関する規定なのでそれで問題ないのかもしれませんが、実際には戦闘関連のルールや補給ルールなどと密接に関わっています。
一方、日本では一般的に「弱ZOC」「強ZOC」という用語が使われることが多いように思います。問題は、この2種の用語に明確な定義づけがなされておらず、移動・戦闘・補給・その他について、曖昧に使われているようです。
そこで各項目ごとにZOCの影響をまとめてみました(表参照)。
ここに挙げた項目のうち、最左列はほぼ強ZOCと捉えてよいでしょう。
問題は弱ZOCで、作品によってこれらの項目の組み合わせ次第、言うなれば強ZOC以外は弱ZOCということになるのかもしれません。そのため、人によって弱ZOCの定義に揺らぎが生じていると考えられます。
そう考えると、英語によるZOCの定義、すなわち移動のみに限定していることはむしろわかりやすいといえるのかもしれません。
ZOCに由来するその他の効果
ZOCの効果は多岐にわたり、表に挙げた以外にもあります。
たとえばユニット種別によるZOCの有無、あるいはユニット種別によってZOCへの進入の可・不可があります。HQユニットにはZOCがない、補給ユニットは敵ZOCへの進入不可などがこれに該当します。
また、地形によってZOCが及ぶ/及ばないという効果があります。例としては大河ヘクスサイド越しにはZOCが及ばない、などです。
あるいは作品によってZOCに強弱を付けているものもあります。たとえばスタック値やユニット種別によってZOC to ZOCを許可したり、補給線に影響を及ぼさない、などです。
さらに、作品によってはZOCの影響範囲が異なるケースもあります。前述のように、通常のヘクスグリッドマップを用いるウォーゲームの場合、ユニットの周囲6ヘクスがZOCとなります。しかし規模の大きなゲームなどでは、半径Xヘクス以内をZOCとする作品もあります。
反対に、古代戦などではユニットの前方にしかZOCが及ばない、というケースもあります。
このように、ZOCがゲームルールに及ぼす影響はかなり広範囲にわたることがわかります。また、これ以外にもさまざま効果を生み出す可能性は大いにあります。
組み合わせ次第、考え方次第でさらなる発展は十分にあり得るでしょう。
ZOCの応用
ZOCの概念を応用して、あるいは利用して、新たなメカニクスを生み出した例としては「ZOC bond」があります。
筆者が知りうる限り、このメカニクスを考案したのはマーク・シモニッチ氏で、最初に採用されたゲームは『Campaign to Stalingrad』だと記憶しています。
以後、シモニッチ氏の作品の多くで採用され、またジョン・ディッシュ氏がデザインした『Ring of Fire』でも用いられました。
ZOCボンドとは、簡単にいえば弱ZOCで、追加移動力を消費することでZOC to ZOCを認める一方、1ヘクスおきに置かれたユニットの間は浸透できない、とするものです(次頁 図2参照)。
これは陣地戦から一転して機動戦に移行するようなシチュエーションに非常にマッチしているメカニズムだといえます。防御側の強固な戦線を抜けるまでは出血を強いられますが、いったんそれを抜ければZOCボンドを形成することができなくなり、戦線が崩壊。包囲されないために防御側は次の防衛ラインに後退する必要に迫られます。
これはウォーゲームにおいて大きな発明の一つだといえるのではないでしょうか。
あるいは、あまり話題になっていないかもしれませんが、GDW/Compassの『Red Star & White Eagle』における「遅滞値」という概念は大きな可能性を秘めていると思います。遅滞値を持つユニットはZOCを有し、さらに敵ユニットがZOCに進入する際の追加移動コストでもあります。たとえば遅滞値2を持つユニットのZOCが及ぶ平地(移動コスト1)に進入しようとする場合、移動力を3消費しなければなりません。
そしてこのコストが支払える限り、ZOC to ZOCも認められています。
本作はソポ戦争を題材とした作品でマップも広く、ユニットの移動力は比較的大きく設定されています。そのため、マップ上ではユニット(スタック)が激しく動き回る機動戦が展開されるわけですが、この遅滞値というメカニズムのために思わぬ所で包囲が発生する場合があります。
コンピューター相手なら話は別ですが、しょせん人間の集中力には限界があり、戦線全てにわたって遅滞値を考慮した効率的なユニット配置など不可能です。ゆえに、必ずどこかで見落とす部分がでてきたりします。
相手プレイヤーがそれを的確に見抜けば大突破や包囲が発生してゲームは一気に動きます。このようなゲームメカニズムに由来しながら最終的にヒューマンエラーによって勝敗が決まるデザインこそ、むしろ前線指揮官のリアルな追体験といえるのではないでしょうか。
ZOCの功罪
これまで述べてきたように、ZOCの「功」については枚挙に暇がありません。我々ウォーゲーマーはZOCというメカニズムに多大な恩恵を受けてきたことは間違いないでしょう。
その一方で、ZOCというメカニズムにも問題が無いわけではありません。
たとえば、戦線を構築するうえでZOCというメカニズムは欠かせませんが、それゆえに戦線の効果を最大限に発揮するため、ユニットを適切に配置することに没頭しがちです。このことはゲームプレイとしては問題ないかもしれませんが、戦場の実相とはややかけ離れているようにも思えます(このことは戦闘比の最大効率を求めるユニットの移動にも通じます)。
そして攻勢によって綻びた戦線を、ユニットを整然と後退させつつ綺麗に構築し直す、というのも現実離れしているように思います。
そしてこうしたいわゆる「駒さばき」の巧拙がゲームの勝敗に寄与するのは致し方ないとしても、それはもはや何をシミュレートしたものなのか、疑問を感じることもあります。
また、高梨俊一氏が本誌166号の『ダニガン アット ワーテルロー』で述べられているとおり、ナポレオンの時代の戦争において、師団規模の(個々の)戦闘で頻繁に包囲が試みられた、あるいは成功したとは考えづらいというような問題もあります。
実際、いつの時代、どこの地域の戦闘においても、完全包囲が成し遂げられることのほうが稀であり、むしろ特殊事例とさえいえるかもしれません。
もっとも、ウォーゲームはあくまで「ゲーム」ですから、リアルではなく、大事なのはあくまでリアリティだと考えます。
そういう意味では個々のリアルよりは、大まかな状況再現を優先すべきだとも考えます。
そう考えると、ZOCとはじつに良く簡略化されたメカニズムだと感じます。
ZOCという概念に対して、進入/離脱のコストや地形による影響、ユニットごとによるZOCの有無や効果の増減など、リアリティを増すためにより細かな設定を取り入れることは可能です。
しかしそうした複雑なルールを追加すればするほどプレイアビリティは低下し、プレイヤーはルールに振り回され、なにをプレイしているのかわからなくなっていきます。
ルールは簡単にすれば良いというものではありませんが、あってもなくてもゲーム全体に与える影響が大きくないなら、そのようなルールはいっそ無いほうがゲームの完成度は上がる可能性が高いと筆者は考えています。
そう考えると、ZOCという概念は面倒なことをごくシンプルにまとめたメカニクスだったのではないか、とも考えられます。
思えばウォーゲームを始めた頃に最初に理解に苦しんだルールの一つであり、なおかつその後のウォーゲーム人生において切っても切れないメカニクスでもあったのがZOCでした。
また、ウォーゲームをプレイしたことがないボードゲーマーにウォーゲームをレクチャーして、もっとも驚かれるルールの1つでもあります。
我らがウォーゲームにおける偉大な発明であるZOCについて、たまには思いを馳せてみるのもいいかもしれません。
© Wataru Horiba
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