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第20回 戦闘後前進 のバナー

文:堀場 亙

当たり前になりすぎていて、そのことの「ありがたさ」に気がつかないことってありませんか?
たとえば現代日本に生きる我々にとって、蛇口を捻ればいつでも水が出る。そんな当たり前のことも、いざそれが失われて初めて、そのありがたみを実感するわけです。
同様に、ウォーゲームにおいてはもはや当たり前すぎて、喉が乾いたら水を飲むのと同じくらい自然に受け入れているメカニズムが幾つもあります。「戦闘後前進」というメカニズムもそういったものの1つに数えられるでしょう。
そこで今回はその「当たり前」の戦闘後前進について考察していきたいと思います。

戦闘後前進とはなにか

実を言うと、筆者自身この戦闘後前進という、今となっては当たり前のメカニズム/ルールについて深く考察したことはありませんでした。
しかし先日、じつに40年ぶりくらいに『TACTICS・II』をプレイした時に衝撃を受けました。

「戦闘後前進がない!?」

そしてその結果、せっかくの戦闘システムの一部が無駄になっていることに気がついたのです。

ではここで、改めて戦闘後前進というメカニズムとは何かについて、ごく簡単に定義してみましょう。
現在、「戦闘後前進」とされるルール/メカニズムには多種ありますが、共通することとして「戦闘の結果、防御側/敗者が存在した場所が空いたら、その場所を攻撃側/勝者が占めてもよい」という点が挙げられます。例外的に、必ずしも敗者が存在していた場所を占めなくてもよいという作品もありますが、状況的には同じだと考えて差し支えないでしょう。
この戦闘後前進という規定(ルール)が表しているものが何かと言えば、「突撃(攻撃)による土地の奪取」ということになるでしょうか。

ただ、ゲームスケールが小さくなると、戦闘後前進は必ずしも土地の奪取とは関係がないケースもあります。たとえば古代戦のゲームなどでは戦闘の結果、敵が後退した場合に前進を「強制」される作品もあります。
この場合は土地の奪取というよりも、「衝撃の再現」になるかと思います。そしてこのようなケースの場合、戦闘後前進はメリットだけでなく、デメリットを伴うこともあります。すなわち、突出してしまったために却って敵の包囲にはまり込むケースです。
このような強制前進のルールをマストアタックのルールと組み合わせると、混沌とした状況を演出することが可能になります。また「釣り野伏」や「孔明の罠」といった状況を作り出すこともできるでしょう。

いずれにせよ、本稿において戦闘後前進とは「一局面の戦闘の結果、敗者が退却し、勝者がそれに伴って限定的な移動をおこなうこと」と定義します。

戦闘後前進がないとどうなるか?

では一般的なウォーゲームにおいて、戦闘後前進の規定がないとどういうことが起こるでしょうか。
ここでは『TACTICS・II』を例にとって考えてみましょう。このゲームの戦闘はマストアタックで、戦闘比によって解決します。CRT(戦闘結果表)には1:6から6:1までの欄があり、除去・EX・後退の結果があります。EXは相互除去で、防御側は全滅し、攻撃側は防御側の除去された戦力以上を取り除かなければなりません。後退(BACK 2)は2スクエア固定で後退しなければならず、後退先は相手プレイヤーが指定します(後退先がなければ除去)。

※画像をクリックすれば拡大画像になります。

本作CRT(図参照)の場合、2:1だと攻撃側に対する損害があるため、基本的には3:1以上の比が立つように攻撃したいところです(とはいえマストアタックなので、そう簡単ではありませんが)。
そして3:1から5:1の戦闘比では、D BACK 2の結果が1/3の確率で発生します。

本作をプレイした経験のある読者の方ならご存じかと思いますが、初期配置と勝利条件の関係から、概ね序盤はお互いに前進し、マップ中央付近で戦線が形成されます。ちょうど第一次世界大戦の西部戦線の様相を呈します。
この状況で、上記の戦闘ルールによって戦闘が発生すると、少々困ったことが起こります。すなわち、戦線が動かなくなるのです。

本作に登場するユニットの額面戦力は1または2なので、高比率の戦闘や包囲攻撃を成立させることはかなり困難です。
そこでなんとか3:1で攻撃をおこなっても3回に1回は防御側後退の結果となります。
そして、続く敵のターンでその穴は容易に埋められます。

つまり、戦闘後前進や後退ユニットの「混乱」というルールがないために、事実上「後退」の結果が無意味なものになっているのです。
もちろん、包囲できれば後退結果にも意味はあるのですが、それも戦闘後前進がないために、直前の戦闘の結果で包囲することはできず、自軍の移動によって包囲しなければなりません。
要するに、「後退」という戦闘結果は「戦闘後前進」と対でなければ、その効果は激減するわけです。

今となっては作者のチャールズ・ロバーツにその真意を聞くことは叶いませんが、「後退」という戦闘に付きものの事象を再現しながら、敵の占有空間を奪取するための「前進」をなぜ採用しなかったのか、いつかあの世で聞いてみたいところです。

※画像をクリックすれば拡大画像になります。

戦闘後前進の発明

さてそれでは、戦闘後前進というメカニズムはいつ導入されたのでしょうか。
現在、筆者が調べた限りではアバロンヒル・クラシックの『D-Day』が最古だと考えられます。
ただ、確認できたのは1965年出版の第2版なので、1961年の初版には導入されていない可能性は拭えません。もし初版をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると大変ありがたいです。

ちなみにアバロンヒルの『Gettysburg』64年版には「MOVEMENT AFTER BATTLE」という項目があり「空いたスクエアを占領してもよい」という規定があります。しかし64年版の前身となる58年版とはゲームそのものが大きく異なっているため、おそらく58年版にこの規定はないと思われます。
また『D-Day』と同年に出版された『Chancellorsville』のルールが確認できなかったのですが、もしかしたらこちらにも戦闘後前進のルールが導入されているかもしれません。

いずれにしても、1954年の『TACTICS』、1958年の『TACTICS・II』を経て、1961年には戦闘後前進の概念が発明・導入されたと考えてよいでしょう。
そして最初に導入されたと考えられる『D-Day』では「MOVEMENT AFTER COMBAT」という名称でルールに1項目が設けられています。

その内容としては、戦闘後前進は例外的なものとして規定されています。すなわち、「原則として攻撃側は戦闘後に前進できず、以下の場合に限って空いたヘクスに前進できる」としています。
その例外事項とは、川越えの地形効果で敵ユニットの防御力が2倍になっている場合と、都市・陣地・要塞・山岳ヘクスに対する攻撃の場合です。

ただ、川越えによる地形効果は攻撃側がすべて川向こうから攻撃した場合にのみ発生し、そうでない場合は戦闘後前進も発生しません。これがなにを表しているのかわかりませんが、規定ではそうなっています。
また、最近ではあまり見かけない規定として、EXの結果でも、攻撃側が生き残っていれば前進可能となっています。

残念ながら筆者はこの『D-Day』をプレイしたことがないのですが、想像するに先に述べたような後退の結果が無意味であることが問題となり、考案されたのではないでしょうか。
ちなみに『D-Day』はノルマンディ周辺だけのゲームではなく、フランスの広い範囲をマップに収めています。このことからも、上陸前後の膠着状態よりも、機動戦を前提としたデザインを指向していたのではないかと推察します。

その後、現在では戦闘後前進(Advance After Combat)と呼ばれるメカニズムは1964年版の『Afrika Korps』や1966版の『Guadalcanal』など多くのゲームに採用されました。
なお『Afrika Korps』では『D-Day』のような地形などの制約はなく、原則として戦闘後前進可能としています。恐らくこれは砂漠における機動戦の再現のためでしょう。
また『Guadalcanal』における戦闘後前進はCRTに指定された数だけ前進できるというもので、かなり流動的なものでした(ただしZOCで停止)。

このように、僅か数年で戦闘後前進のルールは適用方法や内容にバリエーションが生じています。『TACTICS』から『TACTICS・II』、そして『D-Day』の発表までに費やされた時間を考えると、一気に進化した感があります。そしてこれは戦闘後前進だけでなく、ウォーゲーム全般にわたってのことだと思います。
これはウォーゲームのデザイン対象が架空戦から歴史的なものに移っていく過程で、状況の再現を求めた結果だったのではないでしょうか。

さまざまな戦闘後前進

最初のウォーゲームである『TACTICS』の発売から70年近くを経た今を生きる我々は、すでにさまざまな種類の戦闘後前進のメカニズムを目にしています。
そのすべてを網羅することは私の手には余りますが、ひとまず戦闘後前進と、それと対をなす後退のルールを構成する要素を洗い出してみましょう。

まず戦闘後前進を構成する要素としては、以下が挙げられます。

  1. ●前進数(ヘクス数規定・ポイントなど)
  2. ●ZOC(支配地域)の影響
  3. ●追加攻撃
  4. ●前進可能ユニットの規定
  5. ●突破

前進数とは何ヘクス前進可能なのかという規定で、一律で決められている場合や、戦闘結果に前進可能数が示されているケースなどがあります。また、ユニット除去後の超過損害数が前進数になるケースや、ダイスなどによって前進数が可変になるルールもありえるでしょう。
さらにステップ損害と前進/後退数を分離したCRTもあります。
また後退数と関係が深く、前進数と後退数が一致する場合と、一致しない場合があります。後退数に比して前進数のほうが大きい場合は流動的な機動戦を再現しやすく、反対の場合は陣地戦や攻城戦など動きが鈍い戦いの再現に向いています。

ZOCの影響とは、戦闘後前進の間は敵ZOCを無視してよい、敵がいたヘクスには無条件で前進できるがそこから先はZOCの影響を受ける、などZOCによる移動制限との絡みから例外的に規定されることが多いでしょう。
この場合も緩めの規定ほど流動的な戦いの再現に向いているといえます。

追加攻撃とは、戦闘後前進した先のヘクスでさらに戦闘を行えるという規定で、陣地戦などで用いられることが多いように思います。また反対に電撃戦などで大突破を演出する際に導入されているケースもあります。

前進可能ユニットの規定とは、兵科などによって前進の可・不可、あるいはヘクス数を定めているケースです。たとえば歩兵は1ヘクス・戦車は2へクスなどという具合です。兵科による特徴を出したい場合などは有用なルールで、移動力の差が戦闘に大きく影響する場合などに用いられます。

突破というのは本稿における暫定的な用語で、直接戦闘に参加していないものの、戦闘をおこなったユニットの後方にいるユニットも前進できるとするルールです。Javier Romero氏デザインの『The Spanish Civil War』では「追従(Pursuit)」というルールで、攻撃をおこなったユニットの1ヘクス以内にいる騎兵と自動車化ユニットは、除去などで「空になった」ヘクスか、前進によって空いた味方ユニットがいたヘクスに移動することができる、という規定があります。
ややテクニカル寄りなメカニズムだとは思いますが、突破による戦果拡張を強調したい場合には有効なルールでしょう。

一方、「後退」の構成要素としては以下が考えられます。

  1. ●後退側のヘクス数
  2. ●後退の指定者
  3. ●未消化分の処理
  4. ●連鎖後退

後退のヘクス数については戦闘後前進と同様であるほか、戦闘結果がポイントで表される場合はステップロスと後退をプレイヤーが選択可能なケースがあります。

後退の指定者とは、いずれのプレイヤーがユニットを後退させるかという規定で、多くの場合はそのユニットの所有者です。しかし攻撃側あるいは勝者が指定するケースもしばしば見られ、そのデザイン意図を類推するのは興味深くあります。

未消化の処理というのは、規定された分の後退数を消化できなかった場合にどのように処理するかという規定です。多くのゲームでは「後退できなければ除去」されますが、「未消化分だけスタックからステップロス」とするケースもあります。一概にどちらが良いと断言できませんが、後者のほうがより細やかな対処方法という印象は受けます。このあたりはゲームスケールとの兼ね合いや、ゲームの複雑さとも関係するので、デザイナー次第というところでしょうか。

連鎖後退というのは、規定数分の後退が他の味方ユニットの存在によって不可能な時に、味方ユニットも連鎖的に後退させるか否かという規定です。スタック制限とも関係する内容で、古代の会戦ゲームなど柔軟な部隊運用が困難な作品なら連鎖後退不可、あるいは可能な場合でも罰則付きというケースが多いでしょう。
また、バルジの戦いのように「渋滞」ありきの状況を再現する場合には、連鎖後退によって混乱する(次ターン移動不可など)ケースも考えられます。

以上挙げた他にも、戦闘後前進および後退に関係する要素・項目はあるかと思いますが、紙幅の関係でいったんここまでとします。

物事には作用に対する反作用という関係があります。
陰と陽ではありませんが、ある出来事にはその対となるべき存在が欠かせません。
ウォーゲームにおいてもそれはしかりで、今回取り上げた後退と戦闘後前進のように、両方揃って意味のあるメカニズムもあります。

普段意識することの少ない戦闘後前進というメカニズムですが、「対になる要素の必要性」を『TACTICS・II』をプレイしたことで気づかされました。
次々に発表される最新作のプレイもこなしたいところですが、こうして古いゲームをプレイすることによる「気づき」も大事だな、と改めて感じた次第です。

© Wataru Horiba
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2023年8月20日発行 第172号

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